マルティル・サンセル
5/10/2026
〈断〉4:「K」
私もまた行くだろう。
1/10/2026
16.
魅入る者たちの顔を映し出し
御伽話は飽和した
親しき登場人物の名や生き様を記すべく
胸の内に 僅かに
残っていたはずの彼らの声は
雑踏に搔き消された
目も眩むほどの光に照らされた宝を
見せびらかさずにはいられなくなり
なけなしの財をはたいて作られた祭壇に
眠っていたのは誰だったか?
幻はやはり幻にすぎなかった
それでも霧の向こうの道は照らされている
時はあざ笑うかのように
優しい微笑みを湛えて見守る
幸福のさなかにある者は すでにひとつの
結末に辿り着こうとしている
昼は夜を、夜は昼を、互いを忘れたことはない
幻影が私のそばを通り過ぎてゆく
夢心地の〈聖域〉と 水平線の続くところで
同じように思い出し
彼らも私も 同じように旅を始めるだろう
歌え!
導け、導け、
そして地を彷徨う。
凱旋せよ、視ている、
そして独り歩み続けろ。
12/31/2025
〈断〉3
ふいにどこからか私を呼ぶ〈母親〉の声がした。優しく、不機嫌で、有無を言わせない号令が、惑う魂を捉えて離さない。私にはまだ僅かに抵抗する力が残っていた。ここから逃げることが、この夢から覚めることができたら、安全であると言える。私は脱出することを強く念じた。金縛りから解放されたような感覚の後、始めに眠りこけたときと同じ体勢で椅子に凭れかかり、開いたままの本を抱えていた。逃げ切れた、と思った。しかし、目覚めたこの瞬間もまた夢だった。私は再び〈部屋〉に戻されようとしていた。あまりに強い力に引きずられながら、私は日頃手元に置いておいた紋章の入ったメダルを咄嗟に手に取り、助けを願う相手も見えないまま、助けてくれるようにと願った。
やがてまた〈部屋〉に戻った。今度は〈母親〉が机を(机の上にあったものも丸ごと)軽々と持ち上げて、「最早お前の行くべき場所は他にはない」「物語はもう存在しない」と無言で示した。私が椅子から降りると、一方の壁の下方がひとりでに動き、螺旋階段となってさらに下の階に続いた。階段は人一人分の幅すらないくらいに狭く、身を捩りながらようやく階段を降りきった先は〈家〉と同じ材質で造られた壁で塞がれていた。
壁を押しやると木目が波打ち、壁が遠ざかった。もう一度押すと、壁は小さな立方体の波を作り、広がって遠ざかった。さらにもう一回押しやると、壁は突如として金紗の大幕に変わり、大広間が現れた。幕は広間を縦断し、心地良い風が一面に通り抜けていた。私は大幕の下に立ち、そっと触れると、金紗が私の手を優しく掴むように包み込んだ。私はその手を取り勢いよく引き上げると、身体は軽やかに上昇し、幕の一番上のところに飾られた、自分の倍も大きさのある赤い薔薇の元まで昇りきった。私は薔薇を抱き締め、金紗の大幕は私を包み込み、遥か上方から降り注ぐ光が未知の国を照らした。
10/06/2025
7/30/2025
〈断〉2
6/30/2025
〈断〉1
/……かつて海の向こうに旅立ったのならば、私は幻想の海を行こう。
2/09/2025
12/19/2024
2024/12/19
〈備忘を兼ねて、或る街についての記録〉
大きな直線道路を道なりに進むと、左側の遠くに大きな街が見えてくる。そこは多くの観光客が訪れる街で、主に二つのエリアに分けられる。
ひとつめは商業施設が集まったエリアで、「道路」からは二つの建物が特に目立って見える。一棟がまるまるスーパーマーケットになっている巨大な建物と、そのスーパーマーケットよりも大きい複合型商業施設。こちらのエリアは街の人々の生活圏でもある様子。「道路」とエリアとの間は広い林を挟んで離れている。このエリアに行くためには、「道路」よりもひとつ下にある別の歩道に降りる必要がある。
もうひとつは観光エリアで、こちらはひとつめのエリアとは大きく異なり、一帯が観光地になっている。二つのエリアにアクセスするには「歩道」を使うと片道15分ほどで行き来できる。観光エリアは全体を回れなかったので詳しくは分からないが、外観の似た建物が集まる小規模の観光地がさらにいくつかまとまっているようだった。今回見たのは坂の上にできた街で、「歩道」から直接石畳でできた坂道の通りに繋がっている。両脇に3~4階建ての比較的低いレンガ造りの建物が連なっている。建物は土産物や食べ歩きグルメ系のショップが大半。今回は夜間にこの場所に留まっている時間が長かったが、遅い時間でも多くの人で賑わっていたので、この周辺は他と比べて特に人気のある場所のように思えた。
上記の観光エリアの外れに、全体が黄色い外観のタワーがある。中はいろいろなテナントが入ったアミューズメントパークのようなもので、上層の方には映画館やゲームセンターがあった。最上階には屋上に繋がる階段がある。百貨店の屋上とよく似て、フードコートが併設された広場になっているようだった。知り合いの親子からたまたま近くにいると連絡を受け、タワーで待ち合わせることにした。
親子と合流し、一旦観光エリアに戻ってから、通りをエリアの反対側に15分以上歩くと、道が拓けて港に辿り着いた。ここにほとんど人はおらず、街の誰もがこの港を忘れているようだったが、私はかつて別の場所で同じ景色を、晴れた空と、世界の果てにただ広がる穏やかな海を見たことがあった。港にはいくつか小型船が停泊しており、そのうち一艘で乗船体験をすることができた。船へは私と親子、案内人の乗組員一人の四人が乗った。
親子と別れる時間になった。まだ船は港に着いていなかったが、親子は海の方へ去っていった。私は沖の遥か向こうにすでに小さくなった二人の人影を見た。次にまばたきをしたときには、二人の姿はもう見えなかった。やがて、自分も戻らなければと思った。気が付くと、船内の部屋で眠っていたようだった。部屋は暗くがらんどうで、家具や窓、さらに荷物の何一つなかった。すでに船は港に着いていた。私が降りるのを待っていた乗組員に礼を言い、街へ走り戻った。しばらく進んだところで、船に忘れ物をしていたことに気がつき、来た道を戻った。港にはまだ船は何艘か泊まっていたが、自分が乗ったはずの船はもうどこにもなかった。私は波止場から海をもう一度見た。海は変わらない朝の光を湛えて凪いでいた。